法人化 vs 個人保有 ── 分岐点は課税所得だけで決まらない
2026-06-04
物件を増やしてくると、必ず一度は考えるのが "法人化したほうが得なのか" です。
ポイントは2つあります。
1つは、税率が個人と法人で逆転する帯があること。
もう1つは、法人化にはコストと手間がかかるので、税率だけでは決められないことです。
この記事では、税率がどこで逆転するのかを実数値で示したうえで、法人化のコスト・手間・出口の課税まで含めて、"自分の規模ならどちらか" を整理します。
なお、私は税理士ではありません。
仕組みと目安は整理しますが、実際の判断は必ず税理士に試算してもらうことをおすすめします。
税率はどこで逆転するか
まず、税率の話から整理します。
個人の所得税は累進課税です。
課税所得が増えるほど税率が上がり、5%から45%まで段階的に変わります。
これに住民税が約10%乗り、さらに復興特別所得税(所得税額の2.1%)も加わるため、高い帯では合計で約56%に達します。
| 課税所得 | 所得税率 | 住民税込みの概算限界税率 |
|---|---|---|
| 195万円以下 | 5% | 約15% |
| 195万円超〜330万円 | 10% | 約20% |
| 330万円超〜695万円 | 20% | 約30% |
| 695万円超〜900万円 | 23% | 約33% |
| 900万円超〜1,800万円 | 33% | 約44% |
| 1,800万円超〜4,000万円 | 40% | 約50% |
| 4,000万円超 | 45% | 約56% |
実際の個人側の負担は、所得税率の表だけでは見えません。
たとえば所得税率33%の帯なら、住民税約10%と復興特別所得税を含めた概算の限界税率は約43.7%です。
法人との比較を見るときは、この "住民税込みの限界税率" で考える必要があります。
一方、法人の税率はこれより緩やかです。
資本金1億円以下など一定の中小法人では、所得800万円以下の部分について法人税率15%の軽減税率が使える場合があります(この軽減税率は2027年3月末までに開始する事業年度が対象で、本則は19%です)。
法人税に法人住民税・法人事業税を合わせた "実効税率" で見ると、所得800万円以下の部分でおおむね21〜23%程度、800万円を超える部分では33%前後にとどまります。
地域や資本金、所得区分によって変わるため、実際の試算では自治体ごとの率を確認します。
ここで、税率上の逆転と実務上の目安は分けて考える必要があります。
税率だけを見ると、個人の限界税率が高くなる課税所得330万円超あたりから法人化が比較対象に入ります。
ただし、設立費用・均等割・税理士費用・社会保険まで含めると、実務上は課税所得800万〜900万円前後から検討されることが多いです。
この差を意識しないと、"税率が逆転しているのに法人化したら手取りが減った" という事態になります。
法人化のコストと手間
税率の話だけ聞くと、"では法人に" となりそうですが、ここからが本題です。
法人化には、税率の裏側でコストと手間がかかります。
まず、設立に費用がかかります。
株式会社なら登録免許税や定款認証などで約20〜25万円程度、合同会社ならもう少し安く済みます。
次に、毎年かかる固定費があります。
法人住民税の "均等割" は、所得がゼロでも、赤字でも課税されます。
標準的な規模で最低でも年7万円程度です。
加えて、会計や申告が複雑になるため、税理士の顧問料や決算料で年に数十万円規模の費用がかかるのが一般的です。
法人化で増える固定費の概算を整理します。
| 項目 | 概算金額 | 備考 |
|---|---|---|
| 設立費用(株式会社) | 約20〜25万円 | 一度だけ |
| 設立費用(合同会社) | 約6〜10万円 | 一度だけ |
| 法人住民税均等割 | 年7万円〜 | 赤字でも発生 |
| 税理士顧問料・決算料 | 年20〜50万円程度 | 規模による |
| 社会保険(役員報酬がある場合) | 報酬の約30%(労使合計) | 厚生年金18.3%+健康保険等 |
そして、法人は原則として社会保険の適用対象になり、役員報酬を出す場合は厚生年金・健康保険の負担が発生します。
厚生年金保険料は労使折半で合計18.3%、健康保険料も協会けんぽの都道府県や年度によって変わり、40歳以上は介護保険料も加わります。
目安としては約10%前後です。
会社員を兼ねている場合などは扱いが変わるため、税理士・社労士に確認が必要です。
これらのコストを払ってもなお税率差のメリットが上回るか ── それが、実際の分岐点を決めます。
"税率が逆転するから法人" ではなく、"コストを引いても手取りが増えるか" で見る必要があります。
売却の課税はどう違うか
保有中の税率だけでなく、売るときの課税も個人と法人で違います。
個人が物件を売った場合、譲渡所得は給与などとは分けて計算する分離課税です。
譲渡した年の1月1日時点で所有期間が5年を超えていれば長期譲渡所得として20.315%、5年以下なら短期譲渡所得として39.63%です。
判定の基準日が "売却日" ではなく "売却した年の1月1日" である点に注意します。
この詳細は別記事の売却時の譲渡税、結局いくら取られるのかで整理しています。
法人が売った場合は、売却益が法人の益金として他の所得と合算され、そこに法人税などが課されます。
分離課税ではないので、その年の他の損益と通算される点が個人と違います。
そもそも不動産は、短期売買で利益を狙うより、保有を続けながら家賃収入と元本返済を積み上げる商品です。
株式投資や為替投資のように短期の値動きで益を取る前提ではないため、長期保有が基本の戦略になります。
そのうえで、売却時には個人の長期譲渡20.315%が効くケースもあります。
一方、法人は、要件を満たせば欠損金を繰り越せるほか、法人内の他の損益と合わせて考えられる場合があります。
どちらが有利かは、保有中だけでなく出口まで含めたトータルで見ないと判断できません。
年収・課税所得別の考え方
税率と固定費を踏まえて、所得帯ごとにどう考えるかを整理します。
| 課税所得帯 | 法人化の見方 |
|---|---|
| 〜500万円 | 個人の住民税込み限界税率が約30%前後。法人化の固定費を考えると個人保有が現実的 |
| 500万〜800万円 | 税率上は接近してくるが、固定費・社会保険の負担を含めると個人有利のケースが多い |
| 800万〜900万円 | 実務上の目安帯。物件を増やす意思があるかで判断が分かれる |
| 900万円超 | 個人の限界税率が約44%に達し、法人化の検討余地が大きくなる |
| 1,800万円超 | 限界税率が約50%を超えるため、法人化を前提に試算する価値がある |
この表は目安です。
給与所得と不動産所得の構成、扶養や控除の状況、家族構成によって実際の分岐点は前後します。
法人化が早すぎるケース
税率の逆転帯に達していないのに法人化すると、コストだけが先行します。
典型的に "早すぎる" と感じるケースを挙げます。
物件1〜2戸で、まだ拡大の見通しが立っていない
課税所得が500万円以下で、固定費負担のほうが税率差より大きくなる
役員報酬を出す予定がなく、所得分散の余地もない
家族に実際の業務を担ってもらえる体制がない
数年以内に売却して撤退する可能性がある
こうした段階で器だけ作っても、均等割と税理士費用で年30万円前後の固定費が乗るだけです。
"いずれ法人化するから今のうちに" よりも、規模が分岐点に近づいてから動くほうが堅実です。
税理士に試算してもらう項目
法人化を検討する段階では、自分で計算し切るより税理士に試算を依頼するのが早いです。
依頼するときに伝えたい項目を整理します。
給与所得・不動産所得など、現在の所得構成
今後の物件取得計画(戸数・規模・自己資金)
役員報酬の想定額と、誰に出すか(自分のみか、家族を含めるか)
家族の勤務実態・業務分担(家族役員を検討する場合)
出口の想定(保有継続か、何年後に売却を検討するか)
既存の社会保険加入状況(会社員兼業か否か)
想定する資本金額と本店所在地(自治体差を反映するため)
これらを揃えておけば、税理士側で個人保有を続けた場合と法人化した場合の手取り比較を、現実的な前提で出してもらえます。
どちらが自分に合うか
税率・コスト・出口を踏まえて、どちらが向きやすいかを整理します。
大事なのは、税メリットだけで決めず、規模・拡大意思・手間で選ぶことです。
個人保有が向きやすい方
物件1〜数戸で、課税所得が分岐点(800万〜900万円)に届いていない
設立費用や毎年の固定費・手間を増やさずに保有できる
シンプルな形で保有を続けたい
法人保有が向きやすい方
課税所得が高く、分岐点を超えている
物件を増やして規模を追う意思がある
家族に実際の業務を担ってもらい、勤務実態と報酬の相当性を前提に所得分散を検討したい
事業に必要な支出を、法人のルールに沿って税理士と整理しながら運用したい
相続・事業承継まで見据えている
"とりあえず法人にしておけば節税になる" と先に器を作るより、規模が分岐点に近づいてきた段階で、税理士に自分の数字で試算してもらうのが堅実です。
まとめ
法人化と個人保有について、要点を整理します。
税率は、個人(累進・最大約56%)と法人(実効約21〜23%から)で、ある帯で逆転します
税率だけ見ると課税所得330万円超から比較対象に入りますが、実務上の目安は課税所得800万〜900万円です
法人化には設立費用・均等割(赤字でも最低約7万円)・税理士費用・社会保険・手間がかかります
売却時の課税も、個人(分離課税・1月1日基準で長期判定)と法人(益金に合算)で違います
税メリットだけで決めず、規模・拡大意思・手間・出口で判断します
法人化は、規模が大きくなった人にとって効いてくる選択肢です。
ただ、コストと手間を引いてもメリットが残るかは、人によって変わります。
分岐点に近づいてきたと感じたら、まずは自分の課税所得を把握し、税理士に試算してもらうところから始めるのがおすすめです。
物件を増やすか、法人化を検討する段階で、規模と手取りを一緒に整理したい方は、LINEからお気軽にご相談ください。
試算の入口まではフラットにお手伝いします(税務判断は税理士に確認していただく前提で、整理の入口をお手伝いします)。
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