親の家と認知症への備え ── 成年後見・家族信託・元気なうちの売却の選択肢
「実家をどうするかは、いずれ考えればいい」──そう思っているうちに選択肢が狭まってしまうことがあります。親の判断能力が低下すると、実家の売却や賃貸といった契約ごとが本人にはできなくなるからです。
本記事では、ONZA Estate代表の飯田の視点から、意思能力と契約の原則、認知症が進んでからの手段(成年後見制度)、元気なうちの備え(任意後見・家族信託・生前の住み替え)、実家が空き家になる典型パターン、家族での進め方までを整理します。
制度・法律の内容は2026年7月時点のものです。制度の利用は司法書士・弁護士など専門家に、税は税理士にご確認ください。
なぜ「元気なうち」なのか──意思能力と契約の原則
出発点になるルールはひとつです。
意思能力(自分の行為の結果を判断できる力)を欠く状態で行った契約は、無効です(民法3条の2。2020年4月の改正民法で明文化)。
不動産の売買は大きな契約ですから、売主本人に意思能力があることが前提になります。認知症が進んで意思能力を欠く状態になると、本人名義の実家は、本人が売ることも、家族が代わりに売ることもできなくなります。子どもであっても、親の名義の家を当然には処分できません。
誤解しないでいただきたいのは、「認知症と診断されたら即、売買できない」ではないことです。意思能力があるかどうかは契約時点の本人の状態によるもので、程度が軽く、売買の意味を理解できる状態であれば契約できる場合もあります。
ただ、判断能力は少しずつ変わっていくもので、「どこまでできるか」の線引きは後から争いにもなりやすいところです。だからこそ、確実に選択肢が多いのは「元気なうち」だと言えます。
認知症が進んでからの手段──成年後見制度
すでに判断能力が不十分になっている場合の制度が、成年後見制度(法定後見)です。
・家庭裁判所が成年後見人を選任し、後見人が本人に代わって財産管理や契約を行います
・後見人の職務は本人の利益のためのもので、家庭裁判所の監督を受けます。「家族が使いたいから売る」はできず、本人の療養看護の費用にあてる等の必要性が問われます
・実家(本人が住んでいた家)を売る場合は、家庭裁判所の許可が必要です(民法859条の3)。許可なく行った売却は無効です。住み慣れた家を失うことが本人に与える影響が大きいため、慎重に判断される仕組みです
・後見は原則として本人が亡くなるまで続きます。司法書士など専門職が後見人に就いた場合は、継続的に報酬もかかります
成年後見制度は本人を守るための大切な制度です。一方で、「実家を売る」という目的だけから見ると、時間も手続きも要り、家族の思いどおりに進むものではない──この実情は知っておく必要があります。
元気なうちの備え──3つの選択肢
親が元気なうちなら、選択肢は大きく広がります。代表的な3つを整理します。
| 手段 | 内容 | 注意点 |
|---|---|---|
| 任意後見制度 | 本人が元気なうちに、将来の後見人(家族など)と任せる内容を決めて契約しておく制度。公正証書での契約が法律上の要件。判断能力が低下したら家庭裁判所が任意後見監督人(任意後見人の仕事を監督する人)を選任して効力が発生する | 自分で後見人を選べるのが法定後見との違い。発効後は監督人への報告等が続く。契約内容の設計は司法書士・弁護士と |
| 家族信託(民事信託) | 信託法に基づき、実家などの管理・処分権限を家族(受託者)に契約で託す仕組み。売却権限を入れておけば、親の判断能力が低下した後も受託者が売却し、代金を親の介護費用等にあてられる | 契約設計の自由度が高い分、専門家(司法書士・弁護士等)との設計が前提で、費用もかかる。対応できる専門家選びが重要 |
| 生前の住み替え・売却 | 親が元気なうちに、本人の意思で実家を売却して住み替え(施設・子との同居・コンパクトな住まい)を進める | 本人の特例(3,000万円特別控除など)を本人の売却として使える。急ぐ必要はないが、本人の意向確認と家族の合意形成に時間をかけられるのが利点 |
どれが良いかは、親の意向・家族構成・財産の内容で変わります。優劣を決めつけず、「親の生活をどう支えるか」から逆算して選ぶものです。
共通する前提がひとつあります。任意後見契約・家族信託・本人による売却はいずれも契約なので、本人に意思能力がある段階で検討・契約する必要があります。
実家の査定や、住み替え・売却の段取りの整理は、LINEでご相談ください。状況に合わせて確認すべき項目を整理できます。
実家が空き家になる典型パターン
不動産の現場から見ると、認知症と実家の問題は空き家問題と地続きです。
典型的な経過はこうです。
・親が施設に入所し、実家が空き家になる
・売却や賃貸を考え始めるが、本人の意思能力の問題で契約できない
・成年後見の申立てをするか迷ううちに、管理だけが続く(固定資産税・草木の手入れ・傷み)
・本人が亡くなり相続が発生してから、ようやく売却に動ける──が、家の傷みは進み、相続人間の調整も重なる
数字の面でも、65歳以上の認知症の人は2022年時点で約443万人、2040年には約584万人と推計され(厚生労働省研究班・2024年公表)、全国の空き家は約900万戸・空き家率13.8%と過去最高です(総務省・令和5年住宅・土地統計調査)。
契約の仕組み上、備えは本人に意思能力があるうちにしか始められません。備えがあれば、この典型パターンに入らない選択肢を残せます。
なお、本人が亡くなった後は、売却の検討は相続の手続き(3年以内の相続登記など)の段階に移ります。相続した実家の売却は別記事(相続した空き家の売却と3,000万円特別控除)で整理しています。
進め方──家族の話し合いから専門家まで
実際に動くときの順番です。
・親の意向を聞く:実家に住み続けたいのか、いずれ住み替えてもよいのか、家を誰にどうしてほしいのか。ここが出発点で、手段はすべてこの意向に従う道具です
・財産と名義を確認する:登記事項証明書(不動産の権利関係の公的な記録)で実家の名義・持分を確認します。共有名義なら整理の論点が増えます(別記事「共有名義の家・土地を売るには」)
・手段を選んで専門家に相談する:任意後見・家族信託は司法書士・弁護士へ。税の影響は税理士へ。地域包括支援センターが後見制度の入口になることもあります
・不動産の現状を把握しておく:住み替えや将来の売却に備え、実家の査定額・売りやすさを把握しておくと、話し合いの材料になります
一度にすべて決める必要はありません。まず「親の意向を聞く」と「名義の確認」だけでも、できることが大きく変わります。
まとめ
親の家と認知症への備えは、次のように整理できます。
・原則を知る:本人が意思能力を欠く状態では、本人による売却はできず、家族も当然には本人名義の家を処分できません(民法3条の2)。診断名ではなく、契約時点の本人の状態によります
・進んでからの手段は成年後見:家庭裁判所が後見人を選任。実家(居住用不動産)の売却には家裁の許可が必要(民法859条の3)で、本人の利益が基準。原則亡くなるまで続く制度
・元気なうちの備えは3つ:任意後見(公正証書で契約・監督人選任で発効)/家族信託(受託者に売却権限を設計)/生前の住み替え・売却(本人の特例も使える)。いずれも本人に意思能力がある段階での契約が必要
・空き家化の典型を知る:施設入所→契約できず放置→相続後にようやく売却、の流れ。備えがあれば別の選択肢を残せる
・最初の一歩は2つ:親の意向を聞くことと、登記事項証明書での名義確認
実家の話は切り出しにくいものですが、「家をどうしたいか」を聞くことは、親の希望を叶える準備でもあります。元気なうちの一度の話し合いから始めてください。
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